看護師からワーキングホリデーで海外へ!Fumiさんインタビュー

看護師からワーホリで海外へ。Fumiさんインタビュー。
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今回インタビューにお答えいただくのは福岡にお住いのFumiさん。

元々看護師でしたが、2019年に思い切って仕事を辞めワーキングホリデーで海外へ渡航。

何度も挫折し泣きながらも、とにかくやってみよう精神で挑戦を重ね続けていた、そんなFumiさんにお話を伺いました。

  • 看護師からワーキングホリデーでカナダへ
  • 泣きに泣いた海外生活
  • 管理人だいちの元ルームメイト?日本語NG生活
  • お風呂は3日に1回?ファームステイを経験
目次

Fumiさんインタビュー

元々は英語とは無縁の看護師だった

—— お久しぶりですね!今日はインタビューよろしくお願いします。早速ですが海外渡航前は看護師をしていたんですよね。

敬語が違和感ある笑。そうですね!急性期病院で看護師をしていました。救急の患者さんを受け入れる病院ですよ。

—— カナダに行くきっかけは何かあったのでしょうか?

きっかけかぁ。もともと大学時代に友達が2~3人海外留学に行っていて、ぼんやりと「海外行ってみたいなぁ」「海外に友達欲しいなぁ」みたいに思ってたんですね。

ただ大学の時は漠然と思ったままでした。

社会人になって働き始めた時に、知り合った看護師の人が働きながらお金を貯めて、海外に行き、また戻って働いてるって話を聞いてまた気持ちが戻ってきたんです。その頃に決意は固まっていました。

あとは、元々自信がないところがあったんです。

海外の人ってなんだか堂々と自信があるように見えることありますよね。自分の考え方を変えるきっかけにもなるかなと考えていました。

カナダ・バンクーバーでの生活開始

—— それからカナダ・バンクーバーに行ったんですね。いきなりですが海外生活初めのころに大変だったことはありましたか?

まずは渡航前の話だけど、出発日が近づくにつれて現実味が増してくると、なんか日本が恋しくなって行きたくないと思っていました。

自分で決めたのにね笑。

—— 知らないところに足を踏み入れるという不安はありますよね。

Fumiさんが過ごした家の通り

そして到着してすぐに辛かったのはアレックスのご飯、笑(アレックスはシェアハウスのオーナー)。

着いた初日にマックに連れて行かれて、初日だから軽く済ませたいのかなと思ったんです。

そうして次の日起きたら朝ごはんとしてマックがお皿の上に置かれていて、お昼ご飯用の紙袋にもマックが準備されていて笑。

心の中ではウェルカムパーティーとか勝手に期待していたのですが、まさかのマックでショックでした笑。

—— 到着後3連続マックは確かにつらい…。

それに事前情報だと夫婦で暮らしているホームステイの家と聞いていて、温かい家族の中に入って、一家団欒のホームステイをイメージしていたんです。

それが実際は奥さんは帰ることがない家庭でした。英語も全然わからない状態で行ったので、なおさら不安しかなかったです。イメージしていたこととギャップがありすぎて辛くて泣きました笑。

—— 僕も初日ついた日に泣きました笑。自分から行きたいと来たのに、知り合いもいないし、一人だしなんできたのかなって笑

あの家にはだいち君の涙も染み込んでたんか笑。私も泣きましたよ。

日本語NG! ルームメイトとの生活

Fumiさんとわたし

—— ホームステイ先はたまたま同じ家でしたね。ルームメイトとして何か印象に残っていることはありますか?

それでいうと最初のころの方が日本語で話してたから印象に残っているかな。 

学校に通い始めたのを境に家で会っても英語だけルールにして、ずっと英語で話してましたよね。

なので、それからは色々話しつつも深い話は出来なかった気がします笑。

深い話もしたけどなぁ

語学学校にいくと日本人のルームメイトでも英語を教えてくれたり、英語でしか話さなかったりという環境は羨ましがられましたよ。

Fumiさんと日本語で会話したのは本当に最初の数日だけでした。海外滞在をする方で日本人のルームメイトでも相談してみると英語環境を作ることができるかもしれません。

語学学校は時期もあったと思いますが、日本人が多かったんです。

学校の中ではOnly English Policyがあったりしても、一歩外に出ると日本語を話せてしまって、海外に来た意味がないなって思うときがありました。

海外の方がたくさんいるイメージだったので、ここでも現実とのギャップがあったんですよね。

ただそんな時に英語頑張りたいとか、夢を持っているとか、同じような目標や気持ちを持った友だちやルームメイトがいたのは強いなって。

初めは日本人の友だちがいると安心だし、と思っていましたが、海外にきたからには英語喋れた方がやっぱり楽しいって思いながら過ごしていました。

—— 毎日勉強してましたよね。

復習メインで行って、余裕がある時はTEDやリスニング教材を聞いて書き取りをしたり、ひたすらHapa英会話を見たり。特に図書館が居心地がよくて勉強しやすかったです。

—— 家でもご飯食べたらすぐに「よし勉強するか―」って二人とも部屋に戻ってたイメージがあります。

Fumiさんの勉強メモ

それと覚えているのはだいち君に「日本語の曲も聞くな」って言われたことがあって、ひたすら英語の曲を聞いて過ごしていました。

本当は日本語の歌聞きたいのにって思いながら笑。

—— その環境で久しぶりに日本語の曲を聞いた時には感情が「うわーっ!」てなりません?

ずっと洋楽しか聞かない生活をしていて、旅行中に体調を崩したときに久々に聞いたんです。

サザンオールスターズのTSUNAMIをね笑。

めっちゃ沁みました。日本の曲いいなぁって。その時は日本の曲を聞きまくりましたよ。

語学学校卒業後の挫折

—— 英語学習でいうと学校を卒業したあたりで悩んでいましたよね。

語学学校に居るときは周りに安心した空間というか、みんないるし、勉強できるし、守られている感じがしたんですね。

それが学校を卒業してからは自分で決めていかないといけなくなって

「何をするか」もそうだし「英語の勉強」も「楽しめるか楽しめないかも」すべて自分次第で不安のような気持ちがあったんです。

そんな時にショックなことがありました。

買い物に行くと向こうの店員さんってよく話しかけてくれますよね。

服を買いにいってお会計の時に話しかけてくれたんですけど、その英語が聞き取れずに何度も聞き返していたら、ちょっと嫌な顔をされたんです。

些細なことなので普段はその対応をされても大丈夫なはずですが、学校卒業したてで不安定なときにそういうことがあって余計にショックでした。

英語に自信がなかったんです。向こうが話してきて聞き取れないのも嫌だし、自分が話しかけて通じないことも嫌だし、トラウマみたいになっていました。

そんな時に日本の友達と電話して泣きました。早朝、家の外で笑。

日本の友達と話したら「頑張りたいと思いよることがあるけん、できないことが辛いんだよ」と励ましてもらって落ち着きました。

人に話すとすっきりしますよね。徐々に気持ちも晴れていきました。ラインがあってよかったです笑。

海外生活で辛いときには日本語を思い切り話したり、日本の友だちに話すことで気持ちが楽になることも。

オーロラの街 ホワイトホースへ

ホワイトホースはカナダの東部ユーコン州の州都。オーロラが見えることでも知られる街。人口は約2万8000人。

—— その後ホワイトホースに行っていましたがきっかけは?

やはり一番仲の良かった友だちの存在が大きかったです。何でもかんでも挑戦する人が身近にいて、刺激されました。

今までは安心できるところや居心地いいところに自分を置いていたけど、自分も思い切ったことをしたくなって実際にフリーハグやヒッチハイクに挑戦しました。

ドキドキするけど、得られることが想像を超えるものっていうか、新しい出会いがあったり言葉はうまく通じなくても、すごく良い関係になれたり。

笑顔見せるだけでお互いハッピーになれたりですね。

そうしているうちに、新しいことに挑戦してみようとホワイトホースに行くことにしました。

—— すごいですね。

いざいくことになり、住む家や仕事も事前に探していたんですけど、中々見つからず。

バタバタしながらもAirbnb(民泊サービスが取れるサイト)で一時的な滞在先を確保してホワイトホースに行きました。

そして、泣きました笑。

—— ここでも笑。どうして泣いたんですか?

元々バンクーバーでは友だちもいて安心した生活をしていたし、空港で友達も見送ってくれての楽しい状態から、仕事も家もない0の状態の不安しかなかったので。

「これからどうしよう」と思ってとりあえず泣いて、そこからはもう必死で仕事を探しまくっていました。

人に話しかけ続ける日々

—— 以前その時には人に声をかけ続けたと話していましたね。詳しく教えてください。

大自然の中で現地の人と暮らしたいっていう思いがあって、それを実現するために、農業のような仕事はサイトじゃ見当たらず、とにかく聞くしかないと思いました。

道端で歩いている人にひたすら話しかけて、スーパーマーケットや図書館にいって話しかけて笑。

「日本から来たFumiといいます。こっちに移ってきて~」みたいな形で仕事について、宿について情報を聞き続けてました。

話しかける前にはぶつぶつ練習して、最初1人目2人目に話しかけた時は緊張したけど意外といけるようになってきたんですね。

—— へー!結構な人数に話しかけたんじゃないですか?

人数は覚えてないです。ただ会う人にはみんな話しかけていました笑。

優しくて温かい人が多くて、おじいちゃんおばあちゃんも連絡先交換して友達になってくれたのがうれしかったです。

ドライブに連れていってくれた方もいました。宿で仲良くなったベルギー人とはベルギーワッフルを作ったり。

仲良くなった方には手書きでメッセージを渡していたそう。
当て字で名前もつけてプレゼント。

因みに泊まっている場所から街中までは歩きで1時間かかる場所にあったんです。標識には「熊が出ます」と書いてあって、いつ死ぬか分からん!と思いながら歩いてました。

毎回バスだとお金もかかるし、情報を得るためには街にでないといけない。歩いて話しかけては、暗くなる前にまた1時間かけて帰って、とそんな生活を続けていました。

Bears live here 「熊が住んでいます」

新しい人に話しかけて知り合えるのは楽しかったけど、一時的な部分が多くてすぐバイバイになるのは辛かったです。向こうは地元の安心感もありますし。

そこで、ある日「友だちが欲しい、友だちをつくろう」と。優しく話してくれたスーパーの店員さんがいたことを思い出し会いに行きました。

—— 店員さん??

そうです。店員さんを見つけて「友だちがいないので、友だちになってください!」って言いに行ったんですね。

なんだか千と千尋を彷彿とさせるような…

そうしたら「いいよいいよ」といってくれて。それだけでなく、スーパーの奥から仲間を2~3人連れてきてくれて「みんな、連絡先教えてあげてー」って連絡先をゲットしたこともありました笑

話しかけ続けた結果

—— その後は何か進展がありましたか?

ゲストハウスやAirbnbを交互に行き来し、安定しない生活の中、人に聞き続けているのはきつくて、期限は2週間と自分の中で決めていたんですね。

色々な人に話を聞いているうちに「あそこはどう?」「あそこ行ったら?」と農家の人と繋がることができて、その時の状況を伝えました。

それが丁度今日までと期限を決めていた2週間目だったんです。

連絡がついたその日にすぐさま農家に行くことになりました。

そこからはバタバタで、道端で知り合ったおじいさんに車を出してもらい、農家の息子さんの場所まで連れていってもらいと急いで準備。

急遽決まったので、Airbnbにも「すぐでます!」と。そこから息子さんの車で4時間かかるとこまで行きました。

人のつながりって面白いなぁ

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